君の行動全てが、僕の心を掻き乱す。
僕には君しか居ないのに。



【側にいて】



人肌恋しいこの季節。三番隊執務室には一人の男が火鉢を前に暖を取っていた。
カサカサと乾いた音を立てながら手を摩り、窓に吹き付ける寒風を恨めしそうに見つめる。何をする訳でもなく、ただ時間を潰すその行為。

漸く飽きたのか、その男はスッと立ち上がり部屋を後にした。





「風邪引きそうやな…」

大きな体を丸くして、両手で体を抱えてスタスタ歩く。目的の場所へはそう時間も掛からない。
白い羽織を纏った男を無視する者など居るわけもなくて、挨拶をする隊員達に適当な返事を返し、迷う事無く進んで行く。

「市丸隊長っっ!」

突如名を呼ばれ、ん〜?と間の抜けた返事と共に振り返る。
其処には自隊の副官の吉良が書類を抱え、此方を睨んでいた。

「イヅルか〜…何か用なん?」

そう、つまらなそうに。

「何か用って…」

覇気の無い返事に言葉を返すのも面倒で、吉良は用件のみをさっさと伝える。

「仕事して下さい」
「嫌や」
「溜まってるんです」
「何が?」
「書類がです」

ピキピキ…米神に青筋がはしる。
何時もの事だ、我慢しろ…。そう自分に言い聞かせ、何とかこのサボり魔を連れ帰ろうと模索する。

「あ…忘れてた…」

何やら思い出した吉良は、ポンッと手を合わせ鈍ら狐へと向き合う。

「なんや?気持ち悪い笑顔して」

いやいや、貴方に言われたくないから。

「今から何処に行かれるつもりですか?」

ニヤリ。笑顔を崩さず

「何処って…日番谷はんのところに決まってるやーんっ!」

予想通りの言葉。単純といおうか、馬鹿といおうか。

「残念でした。日番谷隊長は只今現世に行っておられて明日まで帰ってきません」

ピシィィッッ―…。言葉無く、市丸の顔が凍り付く。
あはは。いい気味。日頃の鬱憤が晴らせたようだ。
そもそもは今日の朝、日番谷隊長と会えたから今がある訳で…。










「うわっ…霜が降りてる」

呟きほどの声に混ざって聞こえるは、パタパタと廊下を小刻みに歩く音。

只今の時刻、早朝6時。
今日は集会が無かった事もあり、廊下を歩く死神の姿は疎ら。僕は昨晩まで掛かった書類を丁度提出し終えて三番隊に帰る時だった。

「吉良っっ!」

少し慌てた感じで名を呼ばれ振り返ってみれば、目の前に小さな少年が佇んでいて。

「如何しました?日番谷隊長」

膝を曲げ屈んでやると、ちょっとムッとした顔をされた。その表情が僕の心をくすぐるとも知らず。

「緊急に現世へ行く事になったんだ…今日は帰れそうにない」
「…討伐ですか?」
「あぁ。直ぐ出発だからもう行かないといけないんだ」

背中に身の丈程の斬魄刀を背負い、落ち着き無く話をする。

「分かりました。市丸隊長には僕から伝えておきます」
「悪いな。じゃ、頼んだ」

そう一言残し、頬を赤く染めた可愛い隊長は瞬歩を使い僕の前から消えた。





時間が無かった事もあるのだけれど、市丸隊長ではなく、僕に話をしてくれた事がすっごく嬉しくて、見送る僕の表情は凄くにやけていた。










「さぁ、市丸隊長。戻りましょう……って、ええっっ?!」

朝の出来事を思い出し、ニヤニヤと一人の世界に入っていた吉良。思考が現実に帰ってきたと思った矢先、今まで市丸が居たその場所はヤツの影すら無く、僕一人がただ呆然と立ち尽くしていた。

「逃げられたか…」

チッ。舌打ちするも、相手が居ないのでは話しに成らず…。










「う〜…現世も結構寒いな」

ブルブルと体を震わせ、身を硬くする少年。背中に背負った斬魄刀が体の振るえと共にカチカチと音を奏でる。

「大丈夫っすか?」

震える少年の頭上から降ってきた言葉。見上げれば心底心配そうに見つめる赤髪、長身の男。

「大丈夫じゃねーよ。さっさと行こうぜ」

そう言うと二人は急ぎ足で何処かへと向って行った。





「確か…ここら辺…」

ポリポリと頭を掻き、ある一軒の家の前で足を止めた。

「黒崎…医院?」

その家の前にデカデカと掲げてある看板を見て、少年の眉間に皺が寄る。

「おい…何で病院なんだよ」
「違うっすよ。まぁ、待ってて下さい」

一歩、少年より前に出た男は立ち止まり、スゥ…と息を吸う。

「黒〜崎〜く〜んっっっ!!」

俺の目の前で突如でかい声を張り上げた赤毛猿。余りの唐突さに目を丸くしていると…、

――ガラッッッ!!物凄い勢いで襖らしき物が横へと引かれた。

「ったく!!誰だよ?!」

ひょっこりと顔を出したのは、オレンジ色の髪をした目付きの悪い男。

「悪ぃ〜一護、ちょっとお願いがあんだけど」
「恋次…?」





そうして、その一護と呼ばれている男は俺達を部屋まで案内した。

「え、と。その小さいのは誰だ?」
「ばっ馬鹿野郎っっ?!隊長に向って小さいって言うなっっ!」
「隊長?!」

チロリ、横目でその子を見る。それに気付いたのか、その少年は口を開く。

「日番谷冬獅郎だ」
「俺は黒崎一護。冬獅郎か…可愛いな」
「一護っ!隊長に手を出すなよ!!」
「何だよ恋次…さてはお前…」

突如胸倉を捕まれた一護は驚く事は無く、ニヤリと口角を吊り上げながら詰め寄り始め。

「ち、ちちち違う!!隊長には既に恋人が居んだよっっ」
「へぇ…小さいのにやるな」
「阿散井、時間が無いんだ…早くしろ」

小さいと連呼された事もあって、少々ご立腹のご様子。睨みを利かせて促す日番谷に阿散井は苦笑いを向けるしかなかった。





「……と言う訳なんだ。紹介して貰えねぇーかな?」
「ふ〜ん…成る程ねぇ〜」

日番谷達がここへ来た理由を大方聞いた一護は、ニヤニヤと相変わらずの顔で少年を眺める。

「冬獅郎に思われてるヤツ羨ましいな」
「俺だって欲しーのに…」
「う、煩いっ!時間が無いって言ったろ?!さっさとそいつの家に連れて行けーっっ!!」

耳まで赤くした日番谷は、放課後の様なこの雰囲気に我慢の限界が来たらしい。目一杯に声を張り上げ目的の場所へ案内する様怒鳴り付けた。










『市丸…喜んでくれるかな?』
『大丈夫。心配しなくてもきっと喜んで貰えますよ』
『そか。じゃ阿散井、明日は頼むな』
『任せて下さい』

目的の場所へ向う最中、日番谷の脳裏にかすめた昨晩の会話。思い出してつい口元が緩んでしまった。










一方、吉良の話を最後まで聞かずに姿を眩ました市丸が向った先は、

「入るでっ」

勢い良く襖を開け放ちズカズカと中へと入って行く。その顔付きはさながら捜査官。目を見開き部屋全体をくまなく見て回る。

「ちょっと!入って来るなりいきなり何よっ!!」

凄まじい形相で市丸が入ってきたもんだから、驚き呆けていたここの副官が慌てて言葉をぶつけてきた。

「乱菊…日番谷はんは?」

先の問い掛けを無視しての質問。

「はあ?あんた隊長の事聞いてないの?」
「イヅルから聞いた」
「じゃなんで聞くのよ」

ここの副官は口が悪い。幾ら幼馴染とは言え酷すぎる。

「本当に日番谷はんは現世に行きはったん?」
「そうよ」
「誰も連れずに一人で?」
「…ええ」

面倒そうに返事を返す松本。自分の首に手をやり視線を逸らして。
その行動を見逃さなかった市丸の眉がピクリと動いた。

「なぁ、明日まで掛かる程の討伐にほんまに一人で行きはったん?」
「しっ…しつこいわねっっあんた女々しいわよ」

何かを確信したのだろうか、ニヤリと市丸の口角が吊り上る。

「そ、ほなええわ。乱菊が嘘や無い言うとるし……帰るわ」
「へ…ああっ!またね〜」

さいなら〜と軽く手を振り松本から背を向け襖へ手を掛ける。
その表情から笑みが消えていた事を誰も、そして市丸自身気付いてはいなかった。





十番隊執務室を離れた市丸は、何時もの通い慣れた廊下を歩いていた。笑顔は無く、ただ黙々と。
季節は冬と言ってもいい程に風は冷たく、気温も低い。しかし、市丸は込上げてくる感情のお蔭で体全体が熱されている。
すれ違う人々は異様な雰囲気の市丸を避けて歩く。

「ほんま乱菊は嘘付くの下手やな…」

苛立ちが爆発しそうになった自信を落ち着かせるための精一杯の言葉。もっと上手く嘘をついてくれれば、もしかしたら気付かずに済んだかも知れない。自分の首に手をやる仕草はあの幼馴染が嘘を付いた時の癖。昔っから変わらない。

「尸魂界に居ない事は間違いないんやな……」

考えながら歩いていると、ふと知れた霊圧が近づいてくるのが分かった。

「朽木はん…」

各隊舎毎を繋ぐ長い廊下。小さな影だったその人は確実に此方へと向ってくる。

「どうもこんにちわ」
「…隊長格が副官も連れずに、何の用だ?」

愛想もへったくれも無い言葉。

「ただの散歩ですわ。朽木はんこそ一人で珍しいなぁ」
「恋次は非番だ」
「ああ、そうですか。非番ね。阿散井はんは非番……って!?」

冷や汗がただ静かに頬を伝う。嫌な予感が頭を過る…。

「今日は現世に行くと言ってたな」

ピシィィッッ―…本日二度目の硬直。固まった笑顔の狐はガックリと膝から崩れ落ちた。
床へ手を付き、頭は項垂れ、有り得ない。その一言だけが何度も何度も頭の中を木霊する。

「あ…阿散井はんは一人で現世に行きはったんかなぁ…」

震える声を何とか押さえ、不審がられない程度に探りを入れる。

「知らぬ」
「…ですよねぇ」

予想通りの返答に、微妙な標準語を口走る狐。

「しかし…」

何かを思い出したのか朽木は顎に手を置き考え出した。

「しかし?」
「恋次は昨日、朝早いとか何とかで早めに執務を終えていたな」
「朝早く…」
「明日の朝頃帰る予定だとも言っていた」
「明日帰る…」

まるで事情を知っているのではないかと疑いたくなる口ぶり。次から次へと出るわ出るわのオンパレード。
嫌な予感はしていたけど、こうも一緒の行動を取られると…。

「……おもしろいやん」

そう言った市丸の拳は、無意識に固く握り締められていた。










「黒崎、僕に何の用なんだ……」

ちかちかと点滅する青の光。ここは交差点。行きかう人が二人の間を潜り抜けて走って行く。
いや…本当は四人なのだが。

「こんな真昼間に死神を二人も連れて…虚でも出たのか?」

ギロリと睨むように一人ずつを確認する。
がさり。手に握られたビニール袋が音を立てた。

「違ぇーよ。ってか、買い物か?」
「…あぁ。明日の部活のためにね」
「丁度良かった。今日はそっち系の話しで来たんだ」
「……これ?」

一護が指を差すそれを持ち上げ不思議そうな顔をした男。そのビニールには”ヒマワリソーイング”と書いてある。

「手芸と死神…何の関係が……?」

その男はふと、視線を感じて目線を下へと下げる。
目の前には銀髪の小さな少年。

「日番谷冬獅郎だ」
「阿散井恋次…って知ってるよな俺の事は」
「忘れた」
「ナニッッ?!」

ぷぷぷ。一護は声を殺して笑い出す。日番谷は意味が分からないのか少々不機嫌。

「ああ、ごめん。挨拶が遅くなったね、僕は石田雨竜」
「今日は俺の我侭に付き合ってもらいたい」
「日番谷くんの?」
「……くん…?」
「わ?!馬鹿っ!この方は十番隊の隊長だぞ!!くんって言うなっ!!!」

ここへ来るのに阿散井を連れて正解だったのかもしれない。松本なら一緒になって笑って居そうで怖い。

「構わん。それより早くしてくれないか?時間が…」
「おお!そうだった。愛しい恋人が待つ靜霊廷に帰んなきゃだもんな、冬獅郎」
「からかうなっっ」

どうにかこうにかで辿り着いた目的の人物こと石田雨竜。先程一護に話したのと同じ内容を聞かせ場所を移動した。










「イヅルっお茶頂戴」
「はいはい」

パタパタパタ…

「この書類五番隊に持って行き」
「はいはい」

パタパタパタ…

「お帰り。お茶のおかわり頼むわ」
「はいはい」

パタパタパタ…

「次!もう書類無いん?」
「はいはい……って……終ったんですか?」
「当たり前やん。で、無いん?書類」
「あ…え、と……無いです。一週間分全て終りました」
「あそ。ほんなら僕、自室戻るわ」
「………はい」

……。

……。

有り得ない。
僕の言いたい事はそれだけ。

市丸隊長は早足に三番隊執務室を出て行った。追いかける必要も、ましてや怒る必要も無い。普通に市丸隊長を見送れる日が来た事に僕は喜びを感じていた。





――バンッッ

「泣いたって許さへんからな…」

襖を勢いよく閉めた市丸の口から漏れた言葉。それは怒りに満ち溢れた真っ黒な台詞。










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