【恋に焦がれた少年達は】2
阿部君と話したのは野球の事。
今日休みって事は、体を動かすなって事で家帰ってもボール触るなよって言われた。あと、晩御飯しっかり食べろと朝飯はご飯三杯食って来いって。
柔軟も忘れるなよと付け加えられて、バイバイした頃には廊下の人通りも疎らな夕方になっていた。
教室に戻る途中のクラスを除き見ると人なんて居なくて、きっと九組も俺が最後なんだろうなって思っていた。
――――ガタタタッ!
突然の音にビックリして身が縮こまる。
音源は九組。俺の体は無意識に教室へと駆け込んでいた。
「―――ッ!?」
勢い良く戸を引けば、そこには息を荒げた田島くんの姿。
一人……なのか、否、もう一人居るはず。だって、小さく唸る声が聞こえる。
「泉、くんッ!」
引っくり返った机に埋もれる形で泉君がしりもちを付いていた。
「三橋……」
「なっ、なんでッ」
「お前には関係ない」
「でもッ」
体中恐怖で震えたけど、今そんなこと言ってる暇は無い。はやく、何とかしないと。
俺は無我夢中で泉君の下へ駆け寄り、体を起こし、ペットボトルに入ってる水でタオルを濡らして頬に宛がった。
まだ体の震えが止まらない。怖い。怖い。
「おいッ!」
泉君が俺の後ろ目掛けて大声を出した。
そこには田島君が鞄を持って背中を向けている。
「まだ話し終わってねーぞ」
「……もう話す事なんて無いし」
そう言って一人、教室を後にした。
残ったのは俺と泉君だけ。重苦しい沈黙が耐えられなかった。
「泉君、立てる?」
「おう」
痛そうに頬に手を当てながら、ぎこちなく身を起こす。
立ち上がった事を確認して、俺は泉君の鞄を取りに行こうと足を踏み出した。
「―――ッ!」
急に腕を摑まれた。そのまま体を引かれて、気付いたら俺より広い胸の中。
「いっ…いず、み……くん?!」
「田島が好きか?」
「え?」
「俺は三橋が好きなんだ」
頭がついていかない。何?泉君は今、なんて言ったの?
「ずっと見てた。田島ばっか見てる三橋をずっと見てきたんだ」
あの科学室の事を思い出した。
あの時のあの目、悲しそうにしてたのは、俺が田島君を見てたからなんだ。
なんて冷静に考える自分に嫌気が差す。
「ッ?!いやッ………!」
不意に視界が暗くなったから何が起きたのかと見れば、泉君の顔が俺の顔にあと数センチでくっ付きそうな距離。この後どうなるかなんて、さすがの俺でも知ってる。
嫌だと突き飛ばしたのは無意識。泉君はビックリした顔をしていた。勿論、俺も。
「ご、ごめッ……」
罪悪感か何か。俺は溢れ出す涙を止められないまま何度も謝った。
「……判ってたけどね」
「え……?」
「三橋は田島が好きなんだろ?」
「俺、が?」
言われても判らなかった。
俺は田島君が好きなの?そんな事、考えもしなかった。
「行けよ。アイツ、待ってるんじゃね?」
「アイ、ツ?」
「そう、アイツ。早く行かないと今度こそキスすんぞ」
そう言われて、俺は慌てて鞄を抱え教室を出た。
ごめんね、ごめんね、それだけが俺の頭を占領して、誰が待ってるなんて考える余裕なんて無かった。
「三橋」
閑散とした自転車置き場。
そこの柱に凭れ掛かる様に座る田島君の姿。
さっき言ってたアイツって……、
「泉と付き合うのか?」
「なん、で?」
「俺は三橋の事、好きなんだ」
あの時と同じ言葉。
繰り返す言葉に恐怖を感じる。でも逃げ出そうなんて思わない。
だって、
「……田島、くんには…彼女…」
「いないよ」
「うそ、だ…ッ」
「あの日、呼び出された日に告白されたよ」
ああ、またギュウギュウと心臓が締め付けられる。
これは、田島君が好きだから……なのかな。
「でも断ったんだ。俺には好きな奴がいるからって」
「でも……ッ」
何で教えてくれなかったの?
聞きたかったけど、俺の口はガタガタと震えて声が出ない。
「教えなかったのは、泉の気持ちを知りたかったから」
思考回路を読まれたような答え。
その言葉に素直に驚いて、次の言葉に息を呑んだ。
泉君。
こんな俺を好きだと言ってくれた人。
「泉は三橋の事が好きなのかなって。三橋も楽しそうにしてたからさ、もしそうなら俺引かないといけないよなって」
田島君はそんな事考えてたんだ。
いっつも笑ってて楽しそうで、俺の事なんて思い出す隙間も無いと思ってたのに。
「でも、やっぱり三橋が好きで、泉になんか譲りたくなくて……ずっと我慢してたら泉に鈍感って言われて悔しくって、気付いたら殴ってた」
泉君の頬は真っ赤に腫れていて、凄く痛そうで見れなかった。
今の田島君も痛そうな表情をしている。だから、真っ直ぐに顔を見れない。
「三橋は……俺のことが好きなのか?」
ドキリ、飛び出す位に高鳴る心臓。
さっきの出来事とリンクする。
同じ台詞、同じ視線。
きっと、今の俺も同じ顔してるんだ。
「好き……です」
「本当か?無理すんなよ」
「無理じゃ、ない!」
俺が突然大声出したから、田島くんはビックリして目を大きく開ける。
妙な沈黙が二人の間を流れて、段々と居た堪れなくなる空間。
「くっつくならさっさとしろよ。俺、帰るに帰れないじゃん」
二人っきりの世界に舞い込んだ声。それは、ほんの数十分前に聞いた人の声。
殴られた頬に手を当てながら面倒臭そうに歩いて、
「俺はまだ諦めてないから。そこんとこ忘れんなよ」
「諦めさせるよ」
田島くんが真剣な表情で泉君を見詰める。
それを見た泉君も、気だるそうな態度から徐々に引き締まる顔。
「諦めれる位、三橋を幸せにするよ」
「へえ」
フン、と鼻で笑いながら、泉君は自転車の籠に鞄を詰める。
俺の横を通り過ぎる瞬間垣間見えた目は、悲しいなんて言ってない。
漕ぎ出した自転車はスピードを緩める事無く通り過ぎ、門を潜り小さくなる背中を俺はただ見詰めるしかできなかった。
「やっぱ泉にしとけば良かったって思ってる?」
「え……?」
「フクザツな顔してるから」
幸せにすると言った顔と今の顔。
本当に同じ人なのかと思う程差が激しい。
「俺、は…田島くんが、好きだよ」
「俺も三橋が好きだ」
「田島くんより、ずっとずっと好き、が、大きいよ!」
「俺の方がでかいって!」
身振り手振り大袈裟に表現して、これ以上表し方が思いつかなくなって頭をフル回転。
どうやって気持ちを伝えようかと試行錯誤していたら、フワリ、慣れた彼の匂い。
「た、じま…くん」
ギュウッと抱き締められて少しだけ苦しい。
肩に埋もれていた口を外に出して、顎を肩に乗せて、俺も負けじと抱き締め返した。
「三橋とこんな事出来るなんて夢みたい」
「………夢、じゃない、よ?」
「うん」
西日も沈んで完全な夜。
俺と田島くんは自転車を学校に置いて帰ることにした。
野球部で、瞑想で、手を繋ぐ事はあったけど、
「手、暖かいな」
「うん」
恋人同士になって繋いだ手は、ドキドキしてぎこちなくて大変だったけど、今まで以上に存在が近くなった気がして嬉しかった。
泉君のおかげで、俺は俺の気持ちに気付けたんだ。
恋に焦がれて苦しくて、そこから引っ張り上げてくれたのが泉君。
悲しい顔は見せれない。
ありがとうの変わりに、明日からいっぱい笑わないとと小さく決意した。
END
泉んはキューピッドって事で。