「おーい、多串君ー?」
チチチと小鳥のさえずりが聞こえる朝。神楽と定春は起きる気配も無く静まった一室。
俺は目の下の隈を気にしつつ、いまだ眠るコイツに声を掛けた。
【恋はいくつになっても慣れないもの】
昨夜……と言うか、今朝方突然この万事屋に訪れた目の前の男は、迎え入れるや否や人の胸に飛び込んで疲れたと呟いた。
どうしたの、なんて野暮な事は聞かない。仕事が忙しかったのだろう。しかも、接待だなこれ。土方の衣服からプンプン香る白粉の匂い。
「夜遊びですかコノヤロー」
仕方の無い事だと理解はしてみるが、憎まれ口の一つや二つ吐いても文句は言われないだろう。てか、言わせない。
そう思っていたのに、肝心の男からの反応が無い。反論の変わりに聞こえたのは寝息。
「……うそ、寝ちゃったの?」
人の肩に項垂れた形で土方は寝ていた。ありえない。
「ったく、餓鬼かよ」
引き摺りながら居間へと向かう。
重苦しい制服を身に纏った土方をベンチソファーに寝かせ、几帳面に止められたボタンに手を掛けた。プチプチと軽い音を立て外れる。
脱がせ終われば、俺は欠伸一つ自分の部屋に戻りもう一眠りしようと一歩を踏み出した。
「ぅおわっ?!」
グンッと何かが引っかかる様な突っ張りに声が漏れる。
元を辿れば土方の手。しっかりと握られたそこには俺の甚平がシワシワに収まっていた。
「えー……マジですか」
剥がそうと振ってみるも効果は無く。かと言って本気でむしり取ろうとは思えない。
「疲れたなんて言いながら力あり余ってるじゃないですかコノヤロー」
もう一度、憎まれ口を叩いてみる。が、眠る相手に言っても張り合いが無いのだけれど。
仕方が無いので土方の眠るソファーの脇に腰掛けた。上から見下ろす奴の顔は、普段見せる凛とした姿など忘れるほど穏やかに、もっと言えば幼く見えた。
「可愛いじゃん」
羨ましいほどの直毛に手を添える。サラサラ、サラサラ、手に置いても直ぐに落ちる艶やかな髪。
「……ん、」
突然、土方がモゾモゾと動き出した。
何事かと見守れば、フワリ頭を浮かせポトリとある場所で落ち着いた。
「うおお……マジですか」
誰にも見られてないかと忙しなく動く俺の頭。恥ずかしくって恥ずかしくって死んでしまうかと思った。
「膝枕って……オイ」
きっと今の俺は茹蛸状態だと思う。何だよ初恋中の中学生ですかコノヤロー。恥ずかしいんだよチクショー。
暫くの間は悶えて堪えて大変だったけど、誰も見てないなと確信を持てばジワリ愛おしさが前に出てきた。
「今日だけだぞ」
コツンと額を小突いて痛がる土方を他所に、銀時は明け始めた空を一人静かに見上げた。
「おーい、多串君ー?」
外は完全に夜が明けた。
銀時は爆睡している副長さんを起こすため静かに体を揺らす。決して暇じゃない真選組を知っているので、何時までも寝かせておく訳にはいかなかったのだ。
何度か揺すりを続ければ、唸る様な声と朝日が眩しいのか何度も瞬きをしながら開かれる瞳。
「万事屋……?」
「んだよ」
「俺、何でここに?」
「なに?憶えてねーの?」
「それより……コレ」
土方は自分の頭が置かれている現状に戸惑いを隠せないようだ。
行った覚えの無い万事屋に居ようが、寝た記憶が無かろうが、それ以上に土方の脳を埋め尽くすこと。
「コレって……膝枕の事?」
「ッ!な、なんでっ」
なんで、なんて言いながら土方は物凄く嬉しそうに鼻の下を伸ばしていた。
「お前が寝ぼけて乗っかってきたんだって」
「……俺が?」
「嘘吐いてどーすんだよ」
「………嫌、だったか?」
「何が」
「膝枕」
「嫌って言ってほしいの?」
「そうじゃなくて……」
「何だよ」
「俺はお前に膝枕して貰えて嬉しかったけど……」
素直な一面に片眉を下げ、銀時は馬鹿と可愛げの無い台詞を言いながら微笑んだ。
「俺も嬉しかった」
「え?」
「お前が安心して眠れる場所、ココなんだろ?」
ココと指を刺すのは銀時の膝。
土方は見るなりボンッと煙を吹く勢いで顔を赤く染め、それを見た銀時もつられて頬を染めた。
「俺達って結構恥ずかしいのな」
「それだけ真剣ってことだ」
「………やっぱ恥ずかしいかも」
そうこうしてる間に、襖の奥からガサゴソと神楽が目覚めた音。一瞬だけギクリとして身を硬くしたが、何も後ろめたい事をしている訳じゃないんだと気を持ち直し二人は顔を見合わせた。
「銀ちゃーん…起きてるアルか?」
「おー起きてるぞー。多串君も来てっから、ちゃんと着替えて出て来いよ」
「ん〜……判ったアル」
割と平常心で受け答えが出来た事に安著するも、土方の肩に力が入っている事に小さく噴出した。
「おいおい、意識し過ぎだって。銀さんまで恥ずかしくなっちゃうじゃんよ」
「悪ぃ」
大人二人がコソコソと話をしてる間に、神楽の着替えも無事済んだらしい。襖に手を掛ける音が居間に響いた。
「土方、また膝枕してやっからな」
ボンッ!本日二度目の大沸騰。それを見た銀時はケラケラと指を刺して笑う。
「うわっ、マヨラー顔真っ赤ネ!如何したアルか」
「ななっ、何でもねえッ!」
いつの間にか出てきていた神楽にからかわれながら、土方は必死にポーカーフェイスを気取っている。
ああ、幸せだな。こんな事で幸せ感じるなんて、今までの俺はどれだけ無感情だったのか。
初々しいのもここまで来れば恥ずかしいも通り越して開き直るってモンだ。
「何時でもココに来いよ」
土方に宛てた台詞。でも聞こえない様にこっそりと。
ギャイギャイ騒がしい二人を遠めに見て、窓へと視線を送る。
チチチ、相変わらずの小鳥達。空を斑に覆う雲はゆったりと動き、太陽を迎える。
こんな日もたまには良いなと思った、青空の春。
END
大人の青春も良いんじゃないのってノリで書いてみました。