桐青戦も終わったある日、たった一日だけの休日を二人で過ごそうと田島は三橋の家に来ていた。
何をする訳でもなく、ぼーっと時間を潰して。外出て野球したいなーなんて思ってみても、手が痛い四番と体力温存のエースではキャッチボールもろくに出来ない。
暇だねーなんて話しをしていたら、ヒャリリリーーンッと三橋の携帯が鳴った。
【ふざけんなっ!】
「修ちゃん!」
「おー廉ー!」
群馬と埼玉を繋ぐ駅の前。久々の再開に、ついつい笑顔が零れる二人。
田島はふ〜んと詰まらなそうにそれを眺めていた。
「あっ、田島、くん だよ」
三橋は慌てて叶に紹介をする。
「知ってる。四番の田島でしょ?」
「そう、だよ!田島くんは四番だよ!」
三橋は意味の判らない自慢を始めた。だが、田島と叶は三橋の話なんて聞きもせずに視線を交える。
「いつも廉の面倒見てくれてありがとうな」
「何だよ面倒って」
「あーごめん。廉はさ、俺が居ないと寂しがっちゃうから」
「別に寂しがっちゃいないよ」
何やら不穏の空気が漂い始める。
「そうなの?昔は修ちゃん修ちゃんって良く俺に抱きついて離れなかったんだぜ?」
「だから?」
「今だってほら、廉は俺の側を離れない」
「で?」
「恋人と離ればなれな辛さはお前には分かんねーよな」
カチン!田島は犬歯を剥き出しに、叶を睨み付けて。
「ふざけんなっ!三橋は俺のコイビトだ」
掴み掛る勢いの田島に、叶は顎を上げ見下した。
「いつ、廉がお前の恋人になったんだよ」
「ずっと前から」
「告白されたの?」
「っ…!」
告白なんて…自分が無理矢理させたヤツだから。
田島は、グッと問い掛けに耐えるしかなかった。
「ほら。勘違いは止めとけって」
「勘違いじゃないもんね」
「廉、勘違いだって言ってやれよ」
突然、叶は田島の奥に隠れてしまった三橋に言葉を投げた。聞かれた本人は、オロオロと視線をキョドらせて、声を出さない。
「三橋を困らせるな!」
「聞いただけだろ」
徐々に白熱する言い争い。二人にも、熱が篭ってきた。
「キスは?」
「は?」
「キス、恋人なら当然の事だろ?」
「キスくらい何度だってしてるよ」
「へぇ」
意図の掴めない質問に、田島は苛々が最高潮に達しそうだった。それでも我慢できたのは、三橋が俺の服を掴み、側から離れなかったから。
それって、俺を頼ってるってことだよな?
「廉のファーストキス、俺が貰ったから」
「そんなの最初ってだけで、後はずぅーーっと俺だかんな!」
「最初が肝心だろ?」
「そんなの、忘れさせてやる!!」
田島はクルリ体を反転させて、驚きに固まる三橋を無視し、強く口付けを交わした。
「ふぅっ…んんっ…」
三橋の甘い甘い声が、二人の男の脳を浸食する。
「ヤバッ、三橋…俺止まんねーよ」
「はっ、ぁ…田島、くん」
こういう時の三橋は、瞳を水分たっぷりに潤ませた瞳をする。田島が欲情って言うのを始めて体験した相手が、三橋である。
「馬鹿田島!!!俺の廉になにすんだ!!!」
「だーかーらー。三橋は俺の。こんなの毎日やってるもんね」
「三橋っ!お前も、こんなヤツにキスさせんなよ!!」
「う、お…」
とばっちりなのか何なのか。叶は凄い剣幕で三橋を睨み付けた。
今度は田島が顎を上げ、叶を見下す姿勢に入った。
二人の言い争いに頭がパニクる三橋は、徐々に表情から血の気が引いていく。
二人はそれに直ぐ気付いた。
「三橋っ、大丈夫か?!」
「廉っ!?」
心配して覗き込んでくる二人を交互に見て、言い争いが終わったとホッと一息。
安心したせいなのか、三橋の瞳からボロボロと涙が零れだした。
ギョッとして、慌てて宥めるも、既に遅し。徐々に嗚咽も混じって完全に泣き出してしまった。
周りに通る人々の冷たい視線に二人は完全にいじめっ子だと思われてる。だが、そんな視線はお構い無しで田島は即座に三橋を抱きしめた。あったかい、あったかい、何時も落ち込む自分を包んでくれるあの体温。
「ぅ、…ごめん ね 」
やっと泣き止んでくれて。三橋は恥ずかしそうに、田島の腕の中から離れていった。
「こっちこ、驚かせてごめん」
「俺も悪かったよ。廉を泣かせるつもりはなかったんだ」
フヒッ。
三橋は小さく笑って、モジモジと何かを言いたそうにしている。それに気付いた二人は、辛抱強く話すのを待って。
「田島くん、も、修ちゃん、も お、俺にとっては大切な、人 で…」
うんうん。
二人は睨み合いながらも、三橋を怖がらせない様にと苦笑い。
「そ、それって ダ、メ な事です、か?」
何故か衝撃を受けた。ショック…と言うよりは、気付きに近い衝撃。
二股とか、八方美人とかじゃなくて、三橋は元々孤独な生活が多かった。友達も居なかったのは、同じ中学の叶は良く知っている。
自分を嫌わないで居てくれる、二人が大切。三橋は最後にそう言って、下を向いてしまった。
「ダメな事じゃないよ」
叶は溜息一つ、三橋を見つめる。そこには、ニッコリとあの頃の笑顔が戻っていて。三橋も釣られて、笑っていた。
結局の所、あの言い争いは何だったのか。叶も田島もその事をすっかり忘れて、仲良く笑った。
時間もすでに夕暮れとなって、叶は帰らないと、と駅に向かった。当然、見送りに行く三橋と田島。
「田島ーー!」
突然、改札口付近で叶は大声を張り上げた。呼ばれた本人は何事だと目を丸くして。
見れば、チラチラと何かを見せ付けていた。
「あーーー!!!!」
それは、定期券の入った黒いケース。直ぐにその意味を理解した田島はお怒りの表情。
それを満足そうに眺めて、最後。叶は最高の笑顔で口を開いた。
「三橋ーー!今度こそお前を迎えに来るからなーー!!」
捨て台詞。
叶はそれだけを言って、ホームへと姿を消してしまった。
残された三橋は意味が良く分からなかったのか、また叶君が遊びに来てくれる、と素直に喜んだ。
田島はと言えば、阿部にも勝る硬直ぶりで、すでに声も出ないらしい。
結局、勝負の付かなかったあの言い争い。
「上等だ!今度こそゲンミツに打ちのめしてやる!!」
再度現れるであろう、最強の宿敵に瞳を燃やしていた。
END
ライバルがいるからこそ燃え上がる恋。なんてね。